滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
「教科書」は何を教えるか
滋賀県立長浜北星高等学校 1年 三和田 愛夏
「この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう。」
これは小・中学校に配られた教科書の裏面に書かれている言葉だ。恐らく多くの人が目にしたことがあるであろう文章。だが、意外にもこれに気付いている人は少ない。それどころか、小・中学校で頂いていた教科書が税金からつくられていた、という事実を知らないという人もいる。今回は「教科書」に重点をおき、僕が感じてきた税金についてを述べていきたいと思う。
まず僕は、四名の友人に「教科書が税金でつくられていることは知っているか」を問うてみた。うち2人「教科書は無償でもらえるものだと思っていた。」「税金からとは知らなかった。」と解答していた。この結果は当然だと僕は思う。なぜなら、学校から「教科書は自分達の支払った税からできている。決して無料ではない」と教わる機会が非常に少ないからだ。小学校低学年の時にこのような話を聞いた覚えはあるが、その一回きりである。生徒の中には「お金がかかっていないから」と教科書をぞんざいに使ってしまっている、という人もいるということも忘れてはならない。もちろん、ものは有償無償かかわらず大切にすべきものだ。しかしながら、「無償」ということばのトリックに掛かってしまっている人はあまりにも多い。直接ではないが、教科書はただ支給されているだけのものではない、親、先生、そして自分。すべての人の手で「買っている」ということを、僕たちは知っておくべきだと思う。いや、知らねばならない。たくさんの人の手によって教科書は配られているという事実を踏まえ、「これからの日本を担う皆さん」には、是非教科書に対し感謝の気持ちを忘れず接してもらいたい。
ここまで、「教科書」を題に書き留めてきた。僕が言いたいことは、「税によってつくられたものは、案外身近にたくさんあること」、「それらを大切に使って欲しいこと」、そして「身近な税について知れる機会はもっとあるべきだと思うということ」の三つだ。知らないことは悪ではないが、知ることはものに対する感謝を高め、社会のつながりを感じられる一歩になる。多くの人が税について深く学ぶことができれば、社会はより良くなるだろう。この日本が全ての人の手によって造られていく未来を、僕は楽しみにしている。人々が「教科書」から学びとった明日は、きっと素敵なものに違いないのだから。







