納税協会連合会会長賞
私と選挙と税と
滋賀県立彦根東高等学校 1年 伊藤大登
税。
広辞苑によれば「国家・公費支弁のため、国家・地方公共団体の権力によって、国民から強制的に徴収する金銭など」を指す言葉であり、またこれを払うことは、日本国憲法第三十条にあるように国民の義務として定められている。しかしそう言われても大半の人はピンとこないだろうし、鬱陶しいと思う人も多いはずだ。できるだけ払わないようにと思う人もいるかもしれない。だが私たちに支払わないという選択肢はない。なぜならそれは義務であり、支払うことが当然であるからだ。
では、こんなにも面倒くさい「税」は、いったい何のためにあるのだろうか。私たちはどのような恩恵を受けているのだろう。
税金を集める大きな目的は「私たちが健康で文化的な生活を送れるようにすること」だ。私たちはその何気ない生活の中で、実は、税の恩恵を受けているのである。ごみ収集車はまさにその典型的な例で、あれがないと私たちの生活場所は汚れ、病気にもかかりやすくなる。税は一般に「公共サービス」と呼ばれる形等になって私たちに還元されているのだ。
しかしながら、その税金を少なくするということを公約に掲げている政治家もいる。私たちはその公約を聞くと、思わず票を入れたくなるが、はたしてそれは良いことなのか。
私はそれについて、「税金を少なくする」という公約を掲げているだけでその政治家について判断するというのはいささか早計であると感じる。というのも、私はその政治家が何をもってその政策を行うのか、またそのあとに財政をどうするかを考えているのかどうかが大切であると思うからだ。
例えばある政治家が人気取りのためだけに、後先を考えず税率を下げると言ったらどうだろう。少なくとも私はこの人物を応援しようとは思わない。なぜならより良い暮らしをつくってくれそうにないからである。ヘンリー・フォードの言葉を借りるなら「未来を考えない者に未来はない」し、この場合、その影響範囲は広いのだから任せられるはずもない。
しかし、もしもその人物が未来を慮って言ったのであれば話は変わってくる。私が思うにその人物の話を聞くことは決して無駄なことではないだろう。それは、自らで熟考して結論を出した者は総じて良い意見を持つものだからだ。そしてそういった考えは、自分自身に新しい視点を与えてくれる。その人物を応援するかはどうであれ、少なくとも一考する価値はあるように思う。
つまり何が言いたいのかといえば、「税金を少なくする」という公約を掲げていたとしても、その人物を応援するべきかどうかというのは場合によって変わるのだ。だから自分なりに考え、投票するのが重要である。
私はあと2年ほどで選挙権を得る。その時に、「税を安くする」という甘言に惑わされず、自らで考えて投票ができるように、税の働きや現状について常に把握していたい。







