滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
叔母と過ごした十二年間
滋賀県立高島高等学校 2年 服部 明未
私の叔母は、神経線維腫症Ⅱ型という障害を患っていた。この障害は国が認定する指定難病に登録されており、聴神経鞘腫による難聴を初めとした様々な症状を引き起こす。実際に叔母は高校生で発症し難聴になり、三十代で歩けなくなり、車椅子生活になった。私が産まれる前は毎週東京の病院に通い、何回も手術を受け、入退院を繰り返していたと祖母は言う。そんな叔母と共に過ごす何気ない日々が、私にとっては貴重な時間であり、これからもずっと一緒に過ごしたいと思っていた。しかし現実は甘くなく、時が経つにつれて叔母の病状は悪化し、車椅子から寝たきりの生活になった。コミュニケーションをとることも難しくなり、食事もまともに出来なくなった。医師から告げられた「持ってあと三日だろう」という言葉は今でも忘れられない。そして、私が十二歳の時、叔母は四十六歳でこの世を去った。これまでの叔母にかかった入院代や手術代、東京までの移動費などは、簡単に払えるような額では無かっただろう。しかし、父は叔母に必要なお金の心配は無かったと言う。それはなぜだろうか。
叔母は医療費の助成制度を受けていた。これは、二、三割は自己負担、残りは国が補助をするという制度である。さらに、叔母は指定難病だったため、指定難病医療費助成制度となり、国が全額を負担してくれた。また、叔母は身体障害者手帳を持つことによって様々な場面で費用の無償化を受けることができた。医療費はもちろん、車椅子やスロープなどの補装具の費用、鉄道やバス、タクシーなどの公共料金、訪問看護やリハビリテーションの費用も対象となっていた。さらに、叔母が不便なく過ごせるようにと行った家のリフォームにかかった費用の二割ほども手帳によって補てんされた。私はこれらのことに驚くと同時に、国のどこから膨大な金額が出ているのか不思議に思った。
調べてみると、これらの金額は私たちが日々払う税金からできていることが分かった。つまり、税金は私たちの生活の裏側で様々なサポートをしているのだ。医療費だけでなく、小中学校の教科書、公共施設の設置、救急車の運行などにかかる費用も税金で賄われている。私はこのことを知り、「税は物を買うときに料金が増えるもの」という思考や知識の無さを恥ずかしく思った。そして改めて、税の素晴らしさやありがたみを感じることができた。
私が叔母と十二年間、貴重で幸せな日々を送れたこと。その背景にはいつも税金があった。これからも様々な場面で税金を納める必要があるだろう。その度に私も、皆も、思い出してほしい。叔母が税金で支えられていたように、税金で誰かを支え、幸せにできることを。







