- 2022/4/4
- 国債をなくすには 千田桜舞
滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
国債をなくすには
滋賀県立彦根東高等学校 1年 千田桜舞
「ある家では、毎月必要なお金が34万円で、ローンの支払いが月10万円です。しかし、月収は30万円なので、足りない分の14万円は借金をしている状態です。」
中学の公民でこのような話を習った。いつ破産してもおかしくないこの家の出支は、日本の財政を表している。ニュースで国債がいくらと言われても数字が大きすぎてよくわからなかったが、この話を聞いて心配になった。日本は大丈夫なのだろうか。
この借金だらけの日本の財政を改善するためには、まず歳入を増やさなければならない。それを実現するための方法を二つ考えた。
一つは、消費税率を上げること。最近あげられたばかりなのに、と思われるかもしれないが、日本の消費税率は他国に比べると低い方である。上げる余地は十分にあると考える。しかし、消費税は逆進性の税なので、低所得者の負担がさらに大きくなるというデメリットもある。ただ、他国の中には生活必需品は非課税としている国も多くあるので、これを採用すれば低所得者の負担もただ税率を上げるだけの場合よりは減るだろう。
二つ目は、国債を減らすための税を新たに作ることだ。この方法だと、累進課税制にすることが可能なため、低所得者の負担はそれほど増えることはないと思う。しかし、日本の所得税は世界で二番目に高くなっている。ここから更に一定の額の税を納めなければならない、とするのは非現実的だろう。
以上より、一つ目の消費税率をあげるという方法で徐々に国債を減らしていくのが良いと考える。
国債は未来を生きる人にその責任をおしつけた借金である。借金である以上はいつか利子をつけて返さなければならない。いつか、いつかと先延ばしにすればするほど負担は重くなる。その負担を背負うのは他でもない私たちや、私たちの子孫である。もちろん、国債があったほうがお金の流通がよくなるというのもわかる。だが、国債が借金であることに変わりはない。自分の家が毎月14万円借金していると考えてみてほしい。しかも、その額は年々増加しているという。だから、今ここで増え続ける借金に終止符を打ちたい。日本が、10年後、20年後も安心して住み続けられる国であるために。
- 2022/4/4
- 税金からみる日本 村木涼
滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
税金からみる日本
滋賀短期大学附属高等学校 1年 村木涼
日本には三つの大きな義務がある。「普通教育を受けさせる義務」、「勤労の義務」、そして「納税の義務」。この三つは国民の義務である以上、果たさなければならない。私はこの三つのうち、「納税の義務」に興味がある。なぜなら日本はアメリカと比べると、救急車は無料で乗れるし、原則3割の医療費の負担で病気やけがの治療ができるからだ。この制度を知ったとき、日本にはこんなにすばらしい制度があるのかと感動した。
しかし、今では税金について感動することより疑問に思うことの方が多くなってきた。その内の一つが「確定申告」である。私の父親が税金に関する仕事をしているため、毎年3月頃にこの言葉をよく聞くようになる。しかし未だにこの意味を知らない。確定申告という制度が必要か否か以前の疑問として、そもそもどのような制度なのかという疑問があるのだ。しかもこのように思うのはこれだけではない。相続税って何?とか、贈与税は本当に必要なの?のような基本的なことが分からない。このことから、納税を義務としているのに、税金に関する教育をしっかり行わないのはどうかと思う。
私が小学生のとき、税務署から職員の方に来て頂いて、授業をしてもらったのを覚えている。税金の授業があったのはその一度だけ。9年間の義務教育のうちの1時間だけではさすがに少なすぎると思う。
この少子高齢化の時代、高齢者一人を支えるための一人あたりの負担が大きくなってきている。だからこそ税金に関する知識をつけていかないと、若者は高齢者に年金としてお金を払うことが罰金をとられているという感覚になるのではないかと考える。そうならないためにもこれからもっと税金について考える機会を増やしてほしいと思う。
近年、貧困層と富裕層の格差の広がりと、その固定化が問題になっているがその原因は富裕層に対する甘さなのではないかと考える。例を挙げると株式の配当金である。中学で習った株式会社のしくみに興味を持ったため調べてみると、配当金の約20パーセントが税金として徴収されることが分かった。私はここに疑問を持った。仮に、株で5千万円稼いだ人と、一生懸命働いて2千万稼いだ人がいるとしたときに、株で稼いだ人のほうが税金が少ないのはおかしいと思う。株にも、所得税と同じような累進課税を課すべきだと思う。
また、富裕層にのみ課される税金もあってよいと考える。お金をたくさん持っている人から多少のお金を取っても、ご飯は食べられるし、生活にも困らないからだ。そうすることで経済格差が少しでも解消されればいいなと思う。
税金という観点から日本を見てみることで、良いところや改善点がたくさん見えてくると思った。よりよい未来のために、今からできることがあるのではないだろうか。
- 2022/4/4
- 私と選挙と税と 伊藤大登
納税協会連合会会長賞
私と選挙と税と
滋賀県立彦根東高等学校 1年 伊藤大登
税。
広辞苑によれば「国家・公費支弁のため、国家・地方公共団体の権力によって、国民から強制的に徴収する金銭など」を指す言葉であり、またこれを払うことは、日本国憲法第三十条にあるように国民の義務として定められている。しかしそう言われても大半の人はピンとこないだろうし、鬱陶しいと思う人も多いはずだ。できるだけ払わないようにと思う人もいるかもしれない。だが私たちに支払わないという選択肢はない。なぜならそれは義務であり、支払うことが当然であるからだ。
では、こんなにも面倒くさい「税」は、いったい何のためにあるのだろうか。私たちはどのような恩恵を受けているのだろう。
税金を集める大きな目的は「私たちが健康で文化的な生活を送れるようにすること」だ。私たちはその何気ない生活の中で、実は、税の恩恵を受けているのである。ごみ収集車はまさにその典型的な例で、あれがないと私たちの生活場所は汚れ、病気にもかかりやすくなる。税は一般に「公共サービス」と呼ばれる形等になって私たちに還元されているのだ。
しかしながら、その税金を少なくするということを公約に掲げている政治家もいる。私たちはその公約を聞くと、思わず票を入れたくなるが、はたしてそれは良いことなのか。
私はそれについて、「税金を少なくする」という公約を掲げているだけでその政治家について判断するというのはいささか早計であると感じる。というのも、私はその政治家が何をもってその政策を行うのか、またそのあとに財政をどうするかを考えているのかどうかが大切であると思うからだ。
例えばある政治家が人気取りのためだけに、後先を考えず税率を下げると言ったらどうだろう。少なくとも私はこの人物を応援しようとは思わない。なぜならより良い暮らしをつくってくれそうにないからである。ヘンリー・フォードの言葉を借りるなら「未来を考えない者に未来はない」し、この場合、その影響範囲は広いのだから任せられるはずもない。
しかし、もしもその人物が未来を慮って言ったのであれば話は変わってくる。私が思うにその人物の話を聞くことは決して無駄なことではないだろう。それは、自らで熟考して結論を出した者は総じて良い意見を持つものだからだ。そしてそういった考えは、自分自身に新しい視点を与えてくれる。その人物を応援するかはどうであれ、少なくとも一考する価値はあるように思う。
つまり何が言いたいのかといえば、「税金を少なくする」という公約を掲げていたとしても、その人物を応援するべきかどうかというのは場合によって変わるのだ。だから自分なりに考え、投票するのが重要である。
私はあと2年ほどで選挙権を得る。その時に、「税を安くする」という甘言に惑わされず、自らで考えて投票ができるように、税の働きや現状について常に把握していたい。

















