- 2025/11/4
- 琵琶湖を守る税金-私達の暮らしと繋がるお金 竹野音羽
滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
琵琶湖を守る税金‐私達の暮らしと繋がるお金
滋賀県立堅田高等学校 1年 竹野 音羽
ある日、ふと「私が毎日使っている水は、どこから来ているんだろう」と思い調べてみると、滋賀県の琵琶湖から来ていることがわかった。さらに驚いたのは、隣の京都府では、その水の約九九%を琵琶湖に頼っているという事実だった。何気なく使っていた水が、県境を越えて多くの人の生活を支えていると知り、琵琶湖の存在の大きさを改めて実感した。
京都では、一八九〇年に完成した琵琶湖疎水によって、琵琶湖の水が生活用水として使われ始め、一九一四年からは感謝の気持ちを込めた「琵琶湖疎水感謝金」が滋賀県に送られるようになった。さらに一九七二年には下流の地域も費用を一部負担する「琵琶湖総合開発事業」が始まり、琵琶湖の水を守る仕組みが整えられた。こうした歴史を知り、琵琶湖は滋賀県だけのものではなく、沢山の人の命や生活に関わる「みんなの水源」なのだと感じた。
大切な水を守るためには、水草を刈ったり湖底の汚れを取り除いたり、下水処理場を整備したりと多くの人手やお金が掛かることもわかった。そして、これらの費用の多くは私達が納める税金で支えられている。学校では「税金は社会を支える仕組み」と習ったことがあるが、琵琶湖と結びつけて考えると、その意味が深まった。琵琶湖のように、みんなで使うけれど誰か一人のものではないものを「公共財」という。綺麗な水も自然も安全も私達全員のものであり、それを守るために税金は重要な役割を果たしている。
私はまだ琵琶湖の清掃活動に参加したことはないが、湖のほとりを通るときにゴミに気を配ったり、拾ったりすることを意識したい。自分の小さな行動が、税金の無駄を減らし、地域を守ることにつながるなら、それは立派な社会参加の一歩だと思う。この作文を通して「租税の三大原則」をいう言葉を知った。「公平、中立、簡素」のうち、私は「公平」が大切だと思う。税金を多く納める人も少ない人も、同じように安心して安全な水が使えるのは、税が公平に使われているからだ。税金には「支え合い」という役割もあり、高齢者や子ども、障害のある人など支援が必要な人達を社会全体で支える仕組みは、琵琶湖の環境保全にも似ていると感じた。税金はただ制度として存在するだけでなく、誰かのために使われる「やさしさのこもったお金」なのかもしれない。私はこれからもっと税金について学び、生活でどのように役立っているか考え、周りの人にも伝えていきたい。琵琶湖のような公共財を守ることは、社会をより良くしていくために私達一人一人が果たすべき大切な役割だと感じる。将来、自分が税金を納める立場になったとき、その意味を理解し、責任を持って行動できる大人でありたい。
- 2025/11/4
- 祖父の後ろ姿 落川温心
滋賀県納税貯蓄組合総連合会会長賞
祖父の後ろ姿
高島市立マキノ中学校 3年 落川 温心
「備蓄米、入荷しました」という張り紙を通学途中にある食料品店で目にした。私は、都会のスーパーに備蓄米が入荷されたニュースを思い出した。早朝から備蓄米を求め、長蛇の列ができていたことが印象に残ったからである。だから、このような田園が広がり、農業が盛んな田舎にも、備蓄米が売られていることに驚いた。私は、備蓄米について調べてみることにした。すると「政府が不作や災害時に米の供給が不足する事態に備え、あらかじめ一定量を買い入れて保管している米」と書かれていた。ここにも税金が使われているのだ。
私は米作りの大変さを少し知っている。それは、私の祖父が環境こだわり米を栽培しているからだ。これは、化学合成農薬と化学肥料の使用量を通常の半分以下に減らし、琵琶湖などの周辺環境に配慮し栽培した米のことだ。七十六歳になる祖父は、今日も真っ黒に日焼けをしながら米作りに励んでいる。私は春先に種まきを手伝ったことがある。機械に土の入った苗箱を入れ続ける作業だが、途中で嫌気がさすこともあった。しかし、祖父は不満を漏らさず、重たい苗箱を運ぶ力仕事を淡々とこなしていた。そんな祖父を見て、とても七十六歳には見えず、たくましく思った。米を収穫するまでには、草かりや水田の水の管理など多くの作業がある。私が毎日、美味しいご飯が食べられるのは祖父のおかげだ。私は祖父がいつまでも元気に暮らしてほしいと思う。祖父は、税金によって必要な医療が受けられ健康を保てる。また、年金によって生活が保障され不安なく過ごせる。このような安心できる日本の社会に感謝したい。
世界には、必要な医療が受けられず命の選択を迫られる国。学校の教育が受けられない子ども達。治安が悪いために事件や事故に巻き込まれる危険など生活に困窮する国もある。しかし、日本は税金によって公平に支える仕組みのある国だ。
私の身近な生活の中にも多くの税金が使われている。中学校での活動や医療費の助成。消防や警察による生活の安全。道路や水道の環境整備など私達の生活を守ってくれているのである。社会をより良くするために税金は使われているのだ。税金は「取られるもの」ではなく、働ける人が税金を納めることで、社会を豊かに変えてくれる。私達が安心して暮らしていける世界に繋がるのである。
私の祖父も税金の有り難さを良く知っている。だから祖父は
「元気なうちは働いて納税するんや。」
ということが口癖だ。祖父の後ろ姿をみていると思う。私も大人になったら、今までの恩返しができるように、しっかりと納税できる人になりたい。
- 2025/11/4
- 僕の背中を支えた税 望月蒼太
近畿税理士会会長賞
僕の背中を支えた税
甲賀市立甲南中学校 3年 望月 蒼太
中学三年の春、僕は部活動で腰を痛め、病院で「腰椎の疲労骨折」と診断された。中学校で最後の大会前。そんな大切な時期での骨折、大好きなサッカーができなくなったことへの悔しさや不安でいっぱいになった。それから二日に一度病院へリハビリに通う生活が始まった。ある日、祖母が送迎をしてくれていた車の中で、ふと、こんなことを言った。
「そうちゃんはラッキーやったね。税金があるから、医療費、安く済んでるんやで。」そのとき僕は、「こんなところにも税金が使われてるの?」と驚いた。僕はそれまで、税金といえば買い物のときに払う消費税くらいしか思い浮かばず、「なんか損をするもの」くらいにしか思っていなかった。
でも、調べてみると、僕が受けている治療や検査の多くが、税金で支えられていたことが分かった。病院の窓口で払う金額が、ゼロだったのは、制度の中で誰かがすでに支えてくれていたからだった。さらに調べるうちに学校の教科書や給食、道路や公園、ゴミの収集や消防・警察など、身の回りのあらゆるところに税金が使われていることを知り、今まで気づかなかった「見えない支え」があることに驚いた。税金はただのお金ではなく、誰かが誰かを支えるバトンだったのだ。僕の医療費を支えてくれたのは、顔も名前も知らない誰かが納めた税金かもしれない、もしかしたら、その人も、誰かに支えられてきたのかもしれない。そして、いつか僕が大人になり今度は僕の税金が誰かを支えるようになるかもしれない。こんな風に、「支え合いのバトン」がリレーのように繋がっていく社会があることを、僕は初めて知った。それは、確かに感じられる人のつながりだった。一人ではできないことも、誰かの力で支えられ、成し遂げることができる。だからこそ、僕も誰かを支える一人になりたいと思った。その気持ちは、けがでつらかった時期に得た、一番大切な学びだった。
けがをしていなければ、このようなことには気づけていなかったと思う。悔しかったし、とてもつらかったけど、その時間があったからこそ、「僕は支えられて生きている。」と思えるようになったのだ。将来は、ただ納税をするのではなく、その税がどのように使われているのかにも目を向け、よりよい社会を作る一員になりたい。見えないけれど、あのとき、僕の背中を支えてくれていたのは、確かに税金だった。今度は僕が、誰かの背中を支える番だ。

















