- 2024/11/11
- 優しい世界へ 赤田結依
滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
優しい世界へ
滋賀県立八日市高等学校 1年 赤田 結依
見上げた空は青い。雲は空の青を白く染めていく。緑は大きく育ち、虫の声は季節を知らせるかのように変わっていく。自然は人間の力を必要としない。しかし私たち人間は違う。人間は互いに支え合い生きている。支え方の一つが税だ。私たちは気づかないうちに税と関わることで支え合っている。買い物に行けば消費税を払う。毎日、通学通勤に使う道路は税金で作られている。みんなが税金に支えられ、税金によって誰かを支えているのだ。みんな誰かの力を必要としていると私は考える。
私にとって一番身近な税は消費税である。消費税によって集められたお金の大半は「社会保障」に使われている。消費税を払うことで私たちは「社会保障」という国のしくみを支えている。消費税は私にとって税金を払っているということを一番実感しやすい。同じことを感じている人は多いと考える。そのため、消費税の引き上げに反対意見を持つ人が多くいるのだと考える。
どの人にも子供だった過去がある。小学生であれば生徒一人あたりの年間教育費の負担額は約九十二万円にものぼる。中学生は約百六万、高校生は約百十二万だ。私の知らない誰かが払ってくれた税金。今から三年経てば私も成人し大人になる。誰かが払ってくれた税金に支えられながらも誰かを支える立場になる。まだ私は基本、税に支えられるだけの立場にいる。そのため、三年後も同じことが言えるかどうかはわからない。今の私が税金を払っていると感じるのはせいぜい消費税ぐらいだからだ。しかし今は、平等にそして公平に負担するという税金の制度を肯定的に捉えている。
私たちに必要なのは批判の精神ではない。助け合いの精神だ。誰かと支え合い生きられていることへの喜びと有り難さを感じるべきだと私は考える。この「あたりまえ」と思われていることに有り難さを感じられたとき、世界が少し明るく、優しくなる。「あたりまえ」は少し状況が変化すると「ありがたい」になる。この小さな気づきが一つ二つと集まっていくことで、今よりももっとみんなが生きやすい優しい世界になる。私はそうだと信じ、これからも色々なことに目を向け、学び続ける。
- 2024/11/11
- 未来のための貯金 及川凛音
納税協会連合会会長賞
未来のための貯金
滋賀県立草津高等学校 3年 及川 凛音
「税金は何のために払うのだろう。」
中学生の時、私はよくこう思った。私たちは普段、何かとつけて税金を払っている。しかし、それらのお金は公共の物に使われはするが私たち個人には還元されない。そんなイメージが私にはあった。とある出来事が起こるまでは。
中学三年生の時に私の両親は離婚し、私は母に引き取られた。いわゆる母子家庭だ。養育費は支払われておらず、生活は厳しかった。そんな状態で高校の学費など払えるわけがないと母が頭を抱えていたのがとても印象的だった。しかし私は無事に高校に入学し、その後も通うことができた。ずっと行きたかった高校に通えてとても嬉しかったと同時にとある疑問が私の頭をよぎった。その疑問とは、学費がどこから支払われているのかという疑問だ。母は私の高校の学費をどうするか悩んでいたはずだ。ある日私は思い切って母にお金は大丈夫なのかを尋ねてみることにした。すると母は、
「心配しなくて大丈夫。高校入学支援制度っていう制度のおかげでなんとかなったよ。」
と教えてくれた。この高校入学支援制度が私の進学を助けてくれたのか。一体どんな制度なのだろうと思い調べてみたところ、この制度は世帯年収が約二百七十万円以下の母子家庭が対象であること。公立高校の授業料や入学金、教科書代などを免除してくれること。そして、それらは税金から賄われていることを知った。私は税金に助けられたのだ。私は、母とこの制度のおかげでこうやって高校に通い、沢山のことを学ぶことができ、色んな人と出会い、そして看護師になるという夢を見つけることもできた。もしこの制度がなければ私はこうやって高校に通い学ぶことも、夢を見つけることもできなかっただろう。感謝してもしきれない。
皆さん、税金は出費だと思っていないだろうか。納めないといけないから納める。私もこの出来事があるまではそう思っていた。この考えはあながち間違いではないのかもしれない。実際私たち国民には納税の義務が課せられている。しかしこう考えることはできないだろうか。
「税金は未来の自分のための貯金である。」
と。
皆さんもいつか私のように税金に助けられる日がくるかもしれない。例えば事故での入院。前年に一定額以上の金額を支払っている場合、高額になった時に入院費などを払い戻してくれる医療控除と呼ばれる制度がある。この時の払い戻しは一体どこからくるのか。そう、皆さんが納めた税金からである。税金は未来の自分を助けるための貯金であり、税金を納めることは未来の自分を助けることである。私は未来の自分のため、そして同じような境遇にいる子のためにしっかりと税金を納めていきたいと思う。
- 2024/11/11
- 叔母と過ごした十二年間 服部明未
滋賀県租税教育推進連絡協議会賞
叔母と過ごした十二年間
滋賀県立高島高等学校 2年 服部 明未
私の叔母は、神経線維腫症Ⅱ型という障害を患っていた。この障害は国が認定する指定難病に登録されており、聴神経鞘腫による難聴を初めとした様々な症状を引き起こす。実際に叔母は高校生で発症し難聴になり、三十代で歩けなくなり、車椅子生活になった。私が産まれる前は毎週東京の病院に通い、何回も手術を受け、入退院を繰り返していたと祖母は言う。そんな叔母と共に過ごす何気ない日々が、私にとっては貴重な時間であり、これからもずっと一緒に過ごしたいと思っていた。しかし現実は甘くなく、時が経つにつれて叔母の病状は悪化し、車椅子から寝たきりの生活になった。コミュニケーションをとることも難しくなり、食事もまともに出来なくなった。医師から告げられた「持ってあと三日だろう」という言葉は今でも忘れられない。そして、私が十二歳の時、叔母は四十六歳でこの世を去った。これまでの叔母にかかった入院代や手術代、東京までの移動費などは、簡単に払えるような額では無かっただろう。しかし、父は叔母に必要なお金の心配は無かったと言う。それはなぜだろうか。
叔母は医療費の助成制度を受けていた。これは、二、三割は自己負担、残りは国が補助をするという制度である。さらに、叔母は指定難病だったため、指定難病医療費助成制度となり、国が全額を負担してくれた。また、叔母は身体障害者手帳を持つことによって様々な場面で費用の無償化を受けることができた。医療費はもちろん、車椅子やスロープなどの補装具の費用、鉄道やバス、タクシーなどの公共料金、訪問看護やリハビリテーションの費用も対象となっていた。さらに、叔母が不便なく過ごせるようにと行った家のリフォームにかかった費用の二割ほども手帳によって補てんされた。私はこれらのことに驚くと同時に、国のどこから膨大な金額が出ているのか不思議に思った。
調べてみると、これらの金額は私たちが日々払う税金からできていることが分かった。つまり、税金は私たちの生活の裏側で様々なサポートをしているのだ。医療費だけでなく、小中学校の教科書、公共施設の設置、救急車の運行などにかかる費用も税金で賄われている。私はこのことを知り、「税は物を買うときに料金が増えるもの」という思考や知識の無さを恥ずかしく思った。そして改めて、税の素晴らしさやありがたみを感じることができた。
私が叔母と十二年間、貴重で幸せな日々を送れたこと。その背景にはいつも税金があった。これからも様々な場面で税金を納める必要があるだろう。その度に私も、皆も、思い出してほしい。叔母が税金で支えられていたように、税金で誰かを支え、幸せにできることを。

















